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カモシカスポーツ誕生

カモシカスポーツは、1965年春、東京都中野区に誕生しました。

高橋 和之(現・株式会社カモシカスポーツ代表取締役社長)が山登りに興味を持つきっかけになったのは、16才の時でした。素敵な女性(大家さんの娘さん)の「山に行く男の人って素敵だわ」という一言で山に興味を持ち「東京都で一番高い山」と言うパンフレットのキャッチが気に入り雲取山に運動靴(バスケットシューズ)を履いて登りました。雲取山山頂で、産経新聞社の山口さんに出会い、北アルプスなどの山の話を聞きました。その話に今まで想像したこともない世界をのぞいたようで、胸をときめかせました。これが高橋和之の登山の始まりでした。

『初心者にも親切な、登山用具の店を持ちたい』と心に決めたのは17歳のときでした。
高橋 和之17歳の正月。入会していた山岳会の冬山合宿が北アルプスの五竜岳で計画され、それに参加するためリーダーに連れられて冬山装備を購入しに行った登山用具専門店でのことです。いかにも登山経験が豊富そうな店員は、リーダーや先輩には愛想よく笑顔で接し、私の装備を選ぶ時になると今まで先輩にふりまいていた笑顔は消えました。装備品を一つ一つ手渡す時も、つっけんどんで何の説明もしてくれません。 予算の相談もなく、勝手に決め付けて品物を渡しました。高橋和之は北アルプス、そしてはじめての冬山に夢膨らませこつこつお金を貯めていただけに、この店員の態度がショックで悲しみと落胆は大きいものでした。『いずれ初心者に対しても親切な登山用具の店を持ちたい。』と、ひそかに心に誓ったのはこのことがきっかけでした。

1963年に勤めを辞め、1964年にカモシカスポーツの前身『ダンプ商会』を設立。このころはまだ店を持つことができず、いろいろな山岳会の集会で注文をもらいその品物を神田の問屋で現金で仕入れ職場や集会で手渡していました。
1965年東京の中野に店舗を開き、『ダンプ商会』を改め『カモシカスポーツ』を設立。店舗とはいっても店の広さはわずか6畳。そんな小さな店でしたが、高橋和之の希望と夢がいっぱい詰まっていました。

カモシカスポーツを始め、まもなくするといつのまにか兄 高橋 重明(現 株式会社カモシカスポーツ 代表取締役専務)がころがり込んできました。博才のある高橋重明は『不言実行型』のがんばりやで、取引先にも人望が厚く、カモシカスポーツを影ながら支えました。今でも博才ぶりを発揮しています。

1943
  • 『高橋 和之』東京に生まれる。
  • 1959
  • 16才の時。素敵な女性(大家さんの娘)の「山に行く男の人って素敵だわ。」のたった一言で山登りに興味を持つ。
  • [ 東京都で一番高い山]と言うパンフレットのキャッチが気に入り単独で雲取山に登る。(生まれてはじめての山登りは小6年生の遠足で御岳山)
  • 設立されて間もない勤労者山岳会に入会。
    入会した最初の山行は秋の夜叉神峠。この山行で幼稚園の先生グループよりあだ名をつけられる。「ダンプ」。まさかこんなながいつきあいになるとは・・・。
    年末から60年のお正月にかけて雲取山に登る。
  • 1960
  • 5月 北八ヶ岳・黒百合平をベースに赤岳等を登る。
  • 北八ヶ岳・稲子岳南壁で初の岩登り。
  • 三つ峠の岩場で本格的に岩登りを教わり、ホームゲレンデとして足繁く通う。
  • この年生まれて初めて谷川岳一ノ倉沢に入り四ルンゼを登攀。
  • 1961
  • 年末より五竜正月合宿に参加。
  • この年から谷川岳一ノ倉沢に通う。
  • 1962
  • 冬には南アルプス。夏は北鎌尾根から穂高へ縦走。
  • 1963
  • 仕事を辞めたのをきっかけに夏の涸沢に長期間テントを張り屏風、奥又、滝谷を登攀。



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